〈あのころはガイドブックなど一切なく、ただ1冊の「台湾省バス料金表」を頼りに、島じゅういたるところを旅した。わたしはもっぱら終点を目指して探検に行った。終点はたいてい辺鄙な場所にあり、いまだ外からの文明の干渉を受けていない可能性が高いからだ。農業社会は数百年かけて少しずつ変化するものだが、工業化や商業化の歩みは劇的である。都市化の手が伸びる前に、自分と関わる縁を訪ねに急ぎ向かわねば。〉
1974–1986年、戒厳令下の時代に各地を旅し、台湾の原風景のなかに多様なエスニシティをもつ人々が生活する様を記録した阮義忠の代表作「人と土地」シリーズ。〈成長〉〈労働〉〈信仰〉〈帰郷〉の4章で構成される85点の写真に、後年著されたエッセイを付す。
人が生きるとはいかなることか。創作を通じた自身との対話が凝縮した1冊。
目次
天からの贈り物――序に代えて
第1章 成長
ちいさな小学校の国旗掲揚式/美濃、うちに帰る子ども/《洗濯図》に二人の友を想う/埔里の兄弟/都蘭、サトウキビの香り/二龍村の井田/澳花の「三代同洗」/負ける甘み/大地の遊びと口琴の踊り/鹿港の昼食/桃源村の過客/永靖、好徳の家/寄り添うふたつの影/車城の海角何号?/比利良、最後の家族/戻ってくるから放してあげるんだ/恒春、牛の放牧をする祖父と孫/多納の夜明珠/月光の下に生まれたすてきな物語/血縁のぬくもり/山奥の小学校の算数の授業/心が通じ合ったとき/子ども時代との別れ
第2章 労働
頭社の米はよい香り/失われた風景/落花生畑の楽章/種まきと伝承/ブヌン族の睦言/山のむこうがわ/福を惜しむ西螺の老人/籠渡しの農夫/墾丁農場の孤独な女工/風櫃の蒙面女/水垵のブダイ/静寂の世界/藺草の清らかな香り/農婦の彫像/愛でつながれた家族/パイナップル畑の背中/二水郷の十字路/蘆洲の滄海桑田/碧侯村の濃煙/賽嘉村の笑顔/蘭嶼の重荷/紅葉、ある家族の四世代/写真は両面鏡のよう
第3章 信仰
北港の媽祖信徒たち/蘇厝、陸の上をゆく舟/写真と信仰/蘭嶼の白日夢/蘭嶼の髪舞い/美濃の伯公壇/旗津、神々に捧げる歌劇/武界での祈り/多納のカトリック教会の子どもたち/関廟、関守りのような老婦/多納の授乳図/廟の番人と子どもの対局/比利良の栄光の冠/利稲での懺悔/安平古堡の渡し舟/農夫とかかし/監視員と詩人/裸身と誠実/宣誓、あるいは厄払いの儀式/漁に出た父さんは、どうしてまだ帰らないのだろう/遠ざかっていく友たち
第4章 帰郷
魂の肖像/美しくも危うい「景」と「色」/夢の中の夢/今世と来世/人生の饗宴/祖母と孫娘の答え/永遠の師/頭城の竹職人/空ろなる告別の場/未知の旅路へ/流れゆく光陰のなかの光と影/長白山の夕日と日の出/永遠に愛の河に浴する長寿の人/舞台の上も下もすべては芝居/葬式のある死、葬式のない死/家を離れる途中か、それとも帰る途中なのか/わが子よ、憶えているかい?/子ども時代の道を歩く
訳者あとがき
著者
阮義忠
げん・ぎちゅう/Juan I-Jong
1950年、台湾宜蘭県生まれ。写真家。1972年漢聲雑誌社に入社、写真家としての歩みを始める。英語版『漢聲 ECHO』の制作に携わったのち、1975年に雑誌『家庭月刊』に移籍、台湾の土地に根ざした写真ルポルタージュを手がける。1981年からは台湾電視公司のドキュメンタリー番組『映象の旅』の制作に携わり、台湾で広く知られるようになる。自身の創作のかたわら、写真教育にも積極的に取り組み、1987年阮義忠暗房工作室を設立。ここを拠点として教育・普及活動を行うほか、1988年からは国立芸術学院(現・台北芸術大学)でも教鞭を執った。1990年に撮影家出版社を設立、中英バイリンガルの写真批評誌『撮影家 PHOTOGRAPHERS International』を創刊し、世界と中華圏の写真界をつなぐ役割を果たした(2004年終刊)。2008年、故郷・宜蘭に「阮義忠台湾故事館」を設立。2016年には写真賞「阮義忠撮影人文賞」を創設した。
写真集に『北埔』『八尺門』(1985)、『人與土地』(1987)、『台北謠言』(1989)、『四季』(1990)ほか多数。中華圏をはじめ、フランス、アメリカなどでも個展を開催し、その作品はパリ市立近代美術館のコレクションにも収蔵されている。写文集に『人與土地』『台北謠言』(2012)、『失楽的優雅』『都市速寫簿』(2013)、『正方形的郷愁』(2014)などがあるほか、『当代撮影大師』(1985)および『当代撮影新鋭』(1987)は写真批評・作家論の基本文献として中華圏で広く受容されている。人文主義的なまなざしで台湾の民間の生活文化を記録してきたことが評価され、2007年に東元賞(人文部門)を受賞。2013年には中華圏の写真文化への寄与が認められ、全球華人伝媒大賞「撮影文化貢献賞」を受賞。2024年、台湾の文化界で最高栄誉とされる行政院文化賞を受賞した。
栖来ひかり
すみき・ひかり
文筆家、道草者。山口県出身、2006年より台湾在住。日々旅にして旅を栖(すみか)とし、失われた記憶を掘り起こしながら重層的な台湾の魅力をつたえる。著書に『日台万華鏡──台湾と日本のあいだで考えた』(書肆侃侃房、2023)、『台湾りずむ──暮らしを旅する二十四節気』(西日本出版社、2023)、『時をかける台湾Y字路──記憶のワンダーランドへようこそ』(図書出版ヘウレーカ、2019)など、訳書に柯宗明『陳澄波を探して──消された台湾画家の謎』(岩波書店、2024)がある。