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調査されるという迷惑 増補版

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ハンディなフィールド・ワークの⼿引として2008 年の初版以来7刷を重ねた本書は、⽂化⼈類学や⺠俗学の初学者向け副読本としてだけでなく、理系のフィールド・ワーカーにも、地域づくりや援助、医療・看護・福祉のケアの現場でも広く読まれてきた。今や誰もがする運転にフィールド・ワークを例えるなら、この本は免許更新時に⾒せられる交通事故のビデオだ。今回の増補で、宮本常⼀の初めてのアフリカでの⼼あたたまるエピソードと、1978年からコンゴ⺠主共和国に通って〝⽇系アフリカ⼈〟となった安渓遊地・安渓貴⼦のアフリカ経験を加え、異⽂化体験の多彩さを踏まえて、万⼀の事故にも絶対にひき逃げしない覚悟はあるかを問う。 目次 序章  宮本常一先生にいただいた言葉(安渓) 第一章 調査地被害――される側のさまざまな迷惑(宮本) 第二章 される側の声――聞き書き・調査地被害(安渓) 第三章 「バカセなら毎年何十人もくるぞ」(安渓) 第四章 フィールドでの「濃いかかわり」とその落とし穴(安渓) 第五章 種子島にて・屋久島からの手紙(安渓) 第六章 まぼろしの物々交換を知夫里島に求めて(安渓) 第七章 「研究成果の還元」はどこまで可能か(安渓) 第八章 宮本常一・はじめてのアフリカ(宮本) 第九章 「いまここで」という暴虐からの解放(安渓) 第一〇章 「父たち」の待つ村への旅(安渓) フィールドでの指針としての事項索引(安渓) 著者 宮本常一(みやもと・つねいち) 1907年山口県周防大島生れ。16歳の時に大阪に出て逓信講習所で学び、天王寺師範学校を卒業後、小学校教師となるも病を得て帰郷。療養中に柳田國男の『旅と伝説』を手にしたことがきっかけで、柳田、渋沢敬三という生涯の師と出会う。39年に渋沢の主宰するアチック・ミューゼアムの所員となり、57歳で武蔵野美術大学に奉職するまで在野の民俗学者として日本全国を歩く。66年日本観光文化研究所を設立し、後進の育成に努めた。著書に『忘れられた日本人』『宮本常一著作集』(未來社)、『日本文化の形成』(そしえて)、『宮本常一離島論集』『宮本常一写真図録』『宮本常一の風景をあるく』『宮本常一ふるさと選書』(みずのわ出版)など。1981年没。宮本が遺した膨大なフィールド・ノートや写真等の資料は、宮本常一記念館(周防大島文化交流センター)に収蔵されている。 安渓遊地(あんけい・ゆうじ) 1951年富山県射水郡大門町生れ。京都大学理学部学生の時、川喜田二郎氏の移動大学運動にふれてフィールド・ワークを志す。伊谷純一郎氏の指導で、西表島および熱帯アフリカの人と自然の研究。人類学専攻。沖縄大学、山口大学、山口県立大学を経て、山口市北部の「阿東つばめ農園」で営農ソーラーのある無農薬家族農業を実践中。共編著書に、『廃村続出の時代を生きる│南の島じまからの視点』(南方新社、2017年)、『奄美沖縄環境史資料集成』(南方新社、2011年)、『奇跡の海――瀬戸内海・上関の生物多様性』(南方新社、2010年)、『西表島の農耕文化――海上の道の発見』(法政大学出版局、2007年)、『続やまぐちは日本一――女たちの挑戦』(弦書房、2006年)、『遠い空――國分直一 人と学問』(海鳥社、2006年)など。ブログ https://ankei.jp では、研究成果の地域との共有の試みとして、ソンゴーラ人、西表島、与那国島の3つの生物文化遺産データベースを公開中。

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